最近の、ゼロや空虚感、この2週間ぐらいかな?いや1ヶ月ぐらいなのかも。
様々な出来事が今1つの事を伝えているのが分かる。
それも初期に教えていた原点とも言える教材のもっと奥深い部分。
「そのように自分が生きれば、全てが分かる、自分・人生が教えてくれる」
自分がそのように生きないと見えない世界。
自分が生きるから見えてくるもの。
その教材は決して方法論ではなく、いかに周りではなく自分を見るか
と言うもの。
自分と人生の見方しか教えていない。
そのように人生を見て生きてみて!実践しないと全てが見えて来ないから。
と言うもので、実際にそう生きないと見えてこない。
生きていないのに、分かった気になるのは、勝手に想像をしてしまっているから。
ようはありもしない「ゼロ」の世界を作り出した人間思考の仕業
言葉で説明して、その背景が見えた途端に「分かった」と勘違いしてしまう。
何かを見て感動するのもそう。自分で体験していないものは普通は感動はしない。
が、自分の歴史の中で近いものを探し出し合わせる事で疑似体験をさせてしまう。
この仕組みをいいように利用出来れば人生はとても楽に生きられる。
全てが応用に繋がり、たった1つの体験からこの世界の仕組みを理解することができる。
しかし、ほとんどの人は利用できていない。むしろ妄想の世界を作り出すために使ってしまい、リアルな仕組みからは遠ざかる。
しかも、応用力もなく1つ1つを別々のように覚えるしかない。全て方法を理解する事であって、法則を理解して応用しようとはしない。
そもそも、仕組みや背景、歴史を見ようとはしないから永遠に理解することはない。
現代は方法論にとらわれて、教えているものも方法論が全てだからこの部分から教える人はいない。求められていないし知ろうともしないし、求めない。
背景が見えないと仕組みが見えない。
この背景というのがとても大切。
言葉にとらわれると背景を忘れる。
背景を忘れないと、言葉は忘れてもほとんどは支障がない。
この背景の見方が個人レベルなのか、社会レベルなのか、人生レベルなのか、宇宙レベルなのか。。。。
もしかしたらもっと大きなレベルも見つかるかもしれない。