死に金・生き金 と言うのがある。

そのお金の使い方は未来に対してどう変わる?と言うもの。

そしてこれはお金だけではない。

時間も同じである。

生きた時間の使い方なのか?それとも死んでしまう時間の使い方なのか?

未来に対して活きるのか?と言う事でもある。

その時間の使い方で未来はどう変わるのか・・・時間を生かしているのか・・・

それは自分に対してだけ。自分の人生がどう変わるかと言う話になる。

同様に言葉もある。

生き言葉の使い方と死に言葉

言葉によって相手の気分ではない自分がどう変わるかと言う事

単なる言葉なのに現代はいちいち意味をつけて感情へ変換しエネルギーを動かして神経を動かしている。

感情とは記憶の集大成から導き出した感覚・情への変換であり、率直なエネルギーを感じている反応ではないし、記憶に頼った時点でエネルギーを感じていることすらしていない。

エネルギーは相手を感じるだけで自分の変化はない。

言葉も同じなのである。

投げられたエネルギーによって希望の未来へ向かうエネルギーを作り出す

ぶれない芯を持っていることである。

自然は言葉を使わない。

言葉で動かすのではない。

エネルギーで動かす・・・自分を・・・・自分を生きているのだから・・・・

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