スピリチュアル依存。
宗教依存。
自己啓発依存。
薬を使っているわけではないのに、
何かを手放せなくなっている人がいます。
- 次から次へと答えを探す。
- 誰かに聞かないと決められない。
- 占いや透視を受けないと不安になる。
- 先生や師と呼ばれる人から離れられない。
- 学び続けているのに、自分では何も選べない。
ここでいう依存は、医学的な診断名ではありません。
何かを利用することではなく、
それがなければ、自分で考えたり、選んだり、動いたりできなくなっている状態を指しています。
これが、この記事で扱う心の依存です。
依存とは何か
心の依存は、自分を信じることができず、
何かに頼り続けてしまうところから始まります。
頼ること自体が悪いのではありません。
わからない時に誰かへ聞くこともあるし、
助けてもらうこともある。
一時的に支えてもらうことだってあります。
けれど、
- 自分で見ようとしない。
- 自分で考えようとしない。
- 自分で決めようとしない。
いつまでも外側に答えを求め続けていると、
頼ることが依存へ変わっていきます。
この先生なら答えを知っているかもしれない。
この占いなら未来がわかるかもしれない。
この方法なら自分を変えられる。
この人についていけば大丈夫。
そうして、自分の外側に素晴らしいものを作り上げていきます。
外側にあるものが大きくなるほど、
自分の内側を見なくなります。
今、何を感じているのか。
何を恐れているのか。
なぜ手放せないのか。
何を信じているのか。
何を基準に選んでいるのか。
本来見る必要があるのは、そこです。
誰かから学ぶことと、
誰かに依存することは違います。
学ぶ人は、教わったことを自分の体や現実の中で確かめます。
そして最後は、
自分で考え、自分で選びます。
依存している人は、教わったことをそのまま答えにします。
自分の現実より教えを優先し、
離れることに不安を感じます。
学びは、自分へ戻るためにあります。
依存は、自分の外側へ答えを置き続けます。
似ているように見えて、
向いている方向が違います。
なぜ依存に気づけないのか
依存の難しいところは、
依存している間は、自分が依存していると気づきにくいことです。
本人は、
- 学んでいる。
- 成長している。
- 正しいものを信じている。
- 自分を変えようとしている。
そう思っています。
だから、手放せません。
むしろ、離れることの方が怖くなります。
だけど、見る場所はそこではありません。
その人や方法を信じているかどうかではなく、
- 自分の人生が本当に変わっているのか。
- 以前より自分で考えられるようになったのか。
- 誰かへ確認しなくても、自分で選べるようになったのか。
- 同じ不安から、何度も答えを求めていないか。
そこを見る必要があります。
どれほど素晴らしい教えを信じていても、
人生が変わっていないことがあります。
どれほど多くを学んでも、
同じ悩みを繰り返していることがあります。
何年も通っているのに、
以前より誰かの答えを必要としていることもあります。
それでも、
これは正しい教えだから。
この先生は特別だから。
自分の学びが足りないから。
そう考えて、さらに外側へ答えを求めます。
けれど、何を信じているかよりも、
自分がどう生きているのかを見る必要があります。
自分の人生がどうなっているのか。
以前より、
自分で見て選べるようになったのか。
そこに、ずっと大きな答えがあります。
私が透視をやめた理由
私が透視をやめたのは、
透視や占いが、使い方によっては依存を作ってしまうとわかったからです。
- 未来を知りたい。
- 相手の気持ちを知りたい。
- 正解を教えてほしい。
- 失敗したくない。
そうして何度も答えを求めていると、
自分で見ることも、自分で決めることも少なくなっていきます。
透視やカード、占いそのものが悪いのではありません。
けれど、
- それがなければ決められない。
- それを受けなければ不安になる。
- 答えをもらわなければ前へ進めない。
そこまで頼るようになれば、
自分の人生の選択を、他者の答えに任せている状態です。
私は、それを続けることができませんでした。
スピリチュアルを伝える仕事をしながら、
人が自分で見て、自分で選ばなくなるような手助けはできないと思ったからです。
依存するのは、受ける側だけではありません。
透視や占い、ヒーリング、講座を行う側も、
その方法や立場に依存することがあります。
- 透視ができる自分。
- 人から頼られる自分。
- 先生と呼ばれる自分。
- 答えを与えられる自分。
そこに自分の価値を置いていると、
その立場を手放せなくなります。
相談する人が自分で決められるようになるより、
何度も自分のもとへ戻ってくることを求めるようになることもあります。
依存する人と、
依存されることで自分の立場を保つ人。
その両方がいることで、
関係は続いていきます。
本当のスピリチュアルは、自分から離れない
本当のスピリチュアルは、
自分から離れていくことではありません。
誰かを崇めることでもありません。
外側に正解を探し続けることでもありません。
自分の内側を見ること。
自分の体を見ること。
自分のエネルギーを見ること。
自分が何を基準に生きているのかを見ること。
そして、
自分の人生を自分で選ぶことです。
誰かの答えではなく、
自分と自分の人生を見る。
頼ることがあっても、最後は自分へ戻る。
答えを聞いても、
自分の体や現実でも確かめる。
そして、自分で選ぶ。
そこからしか、
自分との繋がりは始まりません。
しっかりと、自分と人生を見てくださいませ。
Core&Rayを初めて読む方へ
人は何と繋がっているかによって、
現実の見え方や、判断、選択、生き方が変わると考えています。
Core&Rayで使っている言葉と世界の見方を「初めての方へ」にまとめています。

コメント
コメント一覧 (4件)
わかったらいいな。くらいしか進めていません。
今も、物欲・経済がメインですから。
この奇跡的な世界にどっぷりはまってます。
最近思うのは「あ、あのムカツク人は私」
自分が死んでも、地球の重さは変わらないんだなー
すごいなー
くらいです。
すごいですね。生きて存在するって。
日本人でかつ、今この時代にいるだげでどれ程の「夢」がかなっているのでしょう…
ありがたいです
お返事遅くなりすみません<(_ _)>
自分を見ていくとほとんどが叶っていることに気づきます。
それほど自分を見ていなかったことに驚きます。
叶っているものと夢と分けていると気づきませんし、言葉に騙されてしまいますが
分けないで自分のしていることを見ていくと気づいてきます。
それが、ジャッジを外すというありのままを見ていくこととも繋がってきます。
物欲をなくすことと、それが手に入ることは別物です。
欲をなくすと入ってこないように感じる人が多いと思いますが、別物と分かれば欲という正体を探せると思います。
ぜひ自分を見ていってください。
「あ、あのムカツク人は私」は
その人が自分ではないです。その人もムカツク人ではないのです。
ムカツいているのは紛れもなく自分だけなんです。
相手ではなく自分がそうなっているということです。
そう思う要因が自分の中に存在しているのでそう感じます。
クリアリングはそのような原因を取り除く作業です。
要因がなければ何も感じません。人に左右されることなく自分の好きなエネルギーのままで過ごせます。
この記事とは随分異なる発言を
最新の記事で拝見して残念な方だなあと思いました。
見た、聞いたの感想は反省や次に活かすものではないですか?
無料で提供してやってるんだからとおっしゃっていましたがこれくらいの知識は社会人として外にでいれば身につきますし、スピリチュアルな世界を知りたいと探求しているものにとれば普通に書籍で学べます。
紹介していた方がいたのでリンクから参りましたが残念に思いました。
私も残念だなぁ〜と思いました。
あの記事の真意をわかってくださり、色々な方の起爆剤となって、”とっかかりが見つかりました。” ”今まで気づけなかった事を気づかせてくれてありがとうございます。” ”真実をありがとうございます”
と真意を汲み取って、気づいてくださっている方が多い中、こうやって今だにあの記事をあの形で出した意味が理解できないでいる事が非常に残念です。
エゴや、思考の中から早く脱出出来るよう、回りくどい言い方から、会話的に仕上げていったのですが。。。。
どんなやり方をしようとも、わからない人にはわからないのかもしれない・・・と少々考えております。
この期間に書いたもので、目覚める人もいる。そして目覚めず、エゴを保護する人もいる
今後の参考にさせていただきます。
ありがとうございました。