「自分と繋がる」とか「自分の内側と繋がる」って、よく聞きますよね。
でも、自分と繋がるって、結局どういうこと?
繋がったら何が変わるの?
って、分かりにくいと思うんです。
私の場合、自分の内側と繋がるようになって、分かりやすく変わったものの一つが「言葉」でした。
ずっと知っていた言葉なのに、意味が違って見えるんですよね。というより、「ああ、最初からここに書いてあったんだ」と分かるようになった、という方が近いかな。
「元気」って、元の気なんですよね
ある時、「元気」という言葉を見ていて、
元気って「元の気」なんだ。
と気づいたんです。
でもね。そこで今度は分からなくなりました。
私の「元の気」って何?
私の本当の気って、どんなものなんだろう?
「元気」という言葉は、昔から知っています。
元気ですか?
今日は元気がないね。
元気になってよかったね。
普通に使ってきました。でも、私が知っていた「元気」は、健康だったり、活発だったり、明るかったり、そういう状態を表す言葉だったんですよね。
「元の気」として考えたことなんてなかったんです。
そこから、自分の内側を見ながら、自分の「元の気」を知っていくことになりました。
言葉の意味を調べたのではなくて、自分の中にあるものを知ることで、言葉の意味が分かってきたんです。
これ、自分でも面白かったんですよ。
新しい言葉を覚えたわけではありません。ずっと知っていた「元気」という言葉が、初めて読めた感じなんです。
「気をつける」も、気を付ける
「気をつけてね」という言葉も、よく使いますよね。
今はたいてい、
危ないから気をつけて。
失敗しないように気をつけて。
今度は気をつけてください。
みたいに、注意する時に使われます。
だから私も、「気をつける=注意する」だと思っていました。
注意するって、少し不安が入るんですよね。何か起きないように、失敗しないように、危ないことにならないように。
でも、言葉をそのまま見ると、
「気を付ける」
なんです。
私が内側と繋がるようになって分かった「気を付ける」は、不安を付けることではありませんでした。
むしろ逆で、安心を付ける。
自分の気をちゃんとそこに付けておく、という感じなんですよね。
同じ「気をつける」という言葉なのに、私の中では意味が全く変わりました。
「気」を使う言葉はたくさんある
そうやって言葉を見るようになると、「気」を使っている言葉って、本当にたくさんあることに気づきます。
元気は、元の気。
気をつけるは、気を付ける。
気合いは、気を合わせる。
そんなふうに見えるようになりました。
普段は「気合いを入れる」というと、やる気を出すとか、根性を出すとか、自分を奮い立たせるような意味で使いますよね。
でも「気合い」をそのまま見ると、気を合わせる。全然違って見えるんです。
言葉の意味が変わったというより、その言葉が指していた「気」が分からなくなったから、別の言葉で説明するようになったのかもしれません。
元気なら「健康」。
気をつけるなら「注意」。
気合いなら「根性」や「やる気」。
「気」が分からなければ、その結果として見える状態や行動で説明するしかないんですよね。
でも「気」が分かると、
ああ、そのまま書いてある。
となる。
昔の日本には、もう少し残っていた
私の時代には、「気」を扱うような感覚がまだ少し残っていました。母の時代には、もっとあった。祖母の時代には、それよりもっと、暮らしや躾の中に残っていたと思います。
もちろん、昔の人がみんな「気」を理解していた、という話ではありません。
ただ、「こうするものだから」と教えられていたことの中に、今振り返ると、ちゃんと意味があったんだなと思うものがあるんです。
姿勢だったり、礼儀だったり、人との距離だったり、場の扱いだったり。
でも、その意味が分からなくなると、
古い。
面倒。
今は必要ない。
となって、なくなっていきます。
形だけがなくなったのならいいんです。でも、その形を通して身につけていた感覚まで、一緒になくしてきたんじゃないかなと思うんですよね。
意味が分からなくなる。
だから、必要ないと思う。
なくす。
すると、その意味を知る機会がさらに減る。
そうやって「気」の扱い方そのものが、少しずつ違う方向へ変わっていったように、私は感じています。
Core&Rayでいう「気」
Core&Rayでは、自分を、
- 意識
- 体(Core)
- エネルギー(Ray)
この三つが一つになった存在として見ています。
今回話している「気」は、このRay=エネルギーとして捉えられるものでもあります。
だから、自分の内側と繋がるというのは、頭の中にある「気持ち」を探すことだけではないんです。
自分の体も、エネルギーも分かるようになる。自分の中にあるものを、自分で感じられるようになる。
そうすると、それまで言葉でしか知らなかった「気」が、自分の中にあるものとして分かってきます。
だから私は、「元気」が「元の気」だと分かったあとに、
じゃあ、私の元の気って何?
と、自分を見ることができたんですよね。
言葉が、自分の内側を見る入口になったんです。
言葉にない意味まで、自分で足している
面白いことに、言葉の中にちゃんとある意味は見えていないのに、言葉の中にない意味はたくさん足していたりします。
たとえば会社などで、
「ここ、直してください」
と言われたとします。
言葉としては、「ここを直してほしい」と伝えているだけです。
でも受け取る側になると、
怒られた。
できない人だと思われた。
評価が下がった。
嫌われたのかもしれない。
と、どんどん意味を足してしまう。
「ここを直してください」の中には、そんなことは書いてないんですよね。
言葉の中に書いてあるものは見ていないのに、書いていないものはたくさん読んでいる。
これ、昔の私は普通にやっていました。
自分の価値観や評価、今までの経験を通して言葉を聞いているから、その人が言ったこととは別の意味になってしまうんです。
でも、自分の内側と繋がってくると、
「ああ、ここを直してほしいのね」
と、そのまま入ってくるようになります。
相手が怒っていたら、「怒っているな」とは分かる。でも、その人が怒っていることと、自分の価値は別なんですよね。
だったら、直すところがあれば直せばいい。それだけの話になります。
言葉だけではなく、現実も同じ
これは言葉だけの話ではありません。現実を見る時も同じです。
何かが起きた時、
失敗した。
邪魔された。
運が悪かった。
嫌われた。
と思うことがあります。
でも、それは本当に起きたことそのものなのでしょうか。
起きた現象の上に、自分が意味を付けていることもあります。
自分の内側と繋がってくると、その意味づけが少しずつ外れていきます。
何が起きたのか。
相手は何を言ったのか。
自分は何を感じているのか。
まず、それを見るようになる。
すると、今まで「現実」だと思っていたものの中に、自分が作っていた意味がたくさん入っていたことに気づくんです。
世界が別のものに入れ替わるわけではありません。ずっと目の前にあったものが、今までとは違って見えるようになるんです。
自分と繋がると、前からあったものが見えてくる
自分と繋がるようになったからといって、知らなかった世界が突然現れたわけではありません。
「元気」という言葉も、ずっとありました。
「気をつける」も、ずっと使っていました。
現実だって、ずっと目の前にありました。
ただ、読めていなかったんですよね。
自分の内側と繋がってくると、今まで覚えてきた意味だけで物事を見ることが少なくなります。
ちゃんと言葉を見る。
ちゃんと自分を見る。
ちゃんと現実を見る。
すると、
「ああ、最初からここにあったんだ」
と分かることが増えていきます。
自分と繋がるって、特別な何かを手に入れることではないのかもしれません。
今まで見えていなかったものが、見えるようになること。
私は、その変化を言葉の中でもたくさん経験してきました。
そして、同じ現実を見ていても、どこから見ているかによって、見えるものは変わります。
Core&Rayでは、その違いを「4つの世界」として見ています。
自分は今、どこから世界を見ているのか。
その違いについては、「4つの世界」で書いています。
Core&Rayを初めて読む方は、こちらから順番に読むことができます。



コメント
コメント一覧 (3件)
「つながる」事は、この世界の価値観とは相まみえないのでしょうか?
結果、内面で生きる事で今愛している人たちと
決別しなければならない(価値観の相違など)のでしょうか?
今、この世にあるルールにより、経済的安定を手にして
少なからず安心している自分がいます。
「手放す」事ができません…
お返事遅くなりすみません<(_ _)>
この世の価値観は紙幣価値と同じになっていますが、個人の美意識により様々にあると思います。
内側で生きることにより、今愛している人たちと決別するということは誰が言っていたのかは存じませんが、
本当に愛していればより繋がりが深まりますし、そうなってしまいます。
欲や価値観がなくなることで、無償の愛という世界に近づきます。
自分の都合(欲・価値観・ジャッジ)でやりたくないことや、やることなどがなくなるからです。
この世にあるルール、価値観がそれを邪魔していたりします。
手放すことができないとのことですが、何を手放さないといけないとお考えですか?
人生は自分がなっているエネルギーと同じものが出ているだけです。
自分のエネルギーの表面化が人生であり、体です。
おそらく色々な情報を見てきているのだと思いますが、
このブログではそのようなことは書いていません。
もしご質問のことを解決したいのであれば、それを提唱している方にお聞きする事が解決になるかと思います。
ワンネスではそのような事は起こらないので、残念ながら私にはお答えできることはありません。
この世にあるルールは生きる(行動)ためには必要ですが、エネルギーの世界では必要ないものです。
内側の世界はエネルギーの世界です。
その内側のエネルギーで作ったものを表現するのが外の世界なのですが、(内側から外へ出すというイメージです。)
この世で感じ作ったエネルギーを内側の世界へ浸透させているのが今の世界です。(外側から内側へ入れているというイメージです。)
なので、内側と繋がる大切さを知っていただけると幸いです。
お答えになっていればいいのですが、なっていなかったらすみません<(_ _)>
回答ありがとうございます!
まさか、お答えいただけるとは思ってもいませんでした
ご指摘の「決別」や「手放す」は、
あらためて見ると、中途半端な理解から出た一種の自尊心の現れなのかなと・・・( ノД`)
お恥ずかしいです。
現状は、「行ったり来たり」を繰り返しています。
あ、これかな?と思いつつも
日常に忙殺されてしまうような・・・
以前、娘さんが理解されたお話しをされていましたが、
羨ましいです。
もっと素直に、自分の内側・世界に向き合います!
プチ・クリアリングありがとうございました