心を開くとは、自分の思いや感情を人に話すことだと思われることがあります。
本音を伝えること。
言えなかったことを言うこと。
素直な気持ちを見せること。
ですが、それは自分の内面を外へ表現しているだけで、この記事でいう「心を開く」とは違います。
心を開くとは、自分が自分の中心まで観て、現実へ何を書いているのかを知ることです。
心を開く相手は自分
人に本音を話せたとしても、自分がなぜそう感じているのか分かっているとは限りません。
自分では「こうしたい」と思っていても、実際には違う生き方をしていることもあります。
言葉では望んでいる。
けれど、現実には別のものが現れている。
そのようなとき、自分が表面で認識しているものと、実際に書いているものが一致していない可能性があります。
人へ何を話せるかではなく、自分が書いているものを自分で観られるか。
心を開く相手は、まず自分なのです。
Core&Rayの中心まで観る
Core&Rayでは、自分を、
- 意識
- 体
- エネルギー
この三つが一つになった存在として見ています。
心を開くとは、Core&Rayの中心まで観て、意識・体・エネルギーが一つとなって、実際に何を書いているのかを知ることです。
自分が書いているものが観えると、目の前の現実とのつながりも見えてきます。
なぜ同じことを繰り返してきたのか。
なぜこの選択をしてきたのか。
なぜ今、この現実を生きているのか。
現実が偶然起きているのではなく、自分が書いてきたものとつながっていることが分かるようになります。
自分が思っていた自分と、実際に書いていた自分が違っていたことに気づくこともあります。
それは、自分を責めるために見るのではありません。
自分が何を書いているのかが分からなければ、次に何を書くのかも選べないからです。
「こうなりたい」がなくなる
自分が何を書いているのか分からないと、理想を外側へ置きます。
こうしたい。
こうなりたい。
いつか、このように生きたい。
そして、その理想を人に話し、理解や応援を求めることがあります。
ですが、Core&Rayの中心まで観て、そのものをすでに生きていると、理想を話す必要がなくなります。
こうしたい、ではなく、こうしている。
こうなりたい、ではなく、もうやっている。
理想が未来に置かれているのではなく、すでに今の生き方として始まっているからです。
人に宣言して、自分をその方向へ向かわせる必要もありません。
自分が何を書いているのかを、自分で知っているからです。
人に内面を話す必要もなくなる
自分が何を書いているのかを自分で読めるようになると、人に内面を話して分かってもらう必要もなくなっていきます。
人の反応を通して、自分を確認しなくてよくなるからです。
もちろん、必要があれば、自分の考えや状況を話すことはあります。
ですが、自分を理解してもらうために内面を見せたり、理想を宣言して自分の方向を確かめたりする必要はありません。
話すか話さないかは、そのときに必要な選択になるだけです。
心を開いている証明ではないんですね。
心を開くとは、生き方が開くこと
心を開くとは、感情を人に見せることではありません。
Core&Rayの中心まで観て、自分が何を書いているのかを知り、そのものを実際に生きることです。
自分が書いているものと、生き方が同じになる。
すると、「こうなりたい」と理想を話すのではなく、「こうしている」で終わるようになります。
内面を外へ見せることで、心が開くのではありません。
自分の中心まで観えて、そのものをすでに生きている。
それが、生き方そのものが開いている状態です。
Core&Rayでは、自分が何を書いているのかを読み、意図的に次を書く生き方を扱っています。
自分が何と繋がり、どのような世界から現実を見ているのかは、「初めての方へ」で順番にまとめています。

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